コラム #13
2018年3月16日公開
空白のナイトエンタテインメント市場を開拓するということ
映画・舞台 プロデューサー福原 秀己
日本のポップカルチャーと伝統芸能に、最新テクノロジーを組み合わせた舞台。それが「SAKURA」です。私は、2016年9月から翌年3月まで日本橋・明治座で公演したこのショーのプロデュースに携わりました。
「SAKURA」は、日本が世界に誇るアニメ、プロジェクションマッピング、能、日本舞踊、和楽器の演奏などを用いたノンバーバルのパフォーマンスです。美しい日本の四季の移ろいを表現しながら、主人公である女子高生「サクラ」の成長物語を描いたミュージカル・ファンタジーです。公演中はずっとスマホ利用がOK。観客が専用アプリをダウンロードすることで、フラッシュが勝手に作動したり、撮った写真に飾りが付いたりと、参加型で楽しめるような仕掛けをしています。またそのアプリでは、ストーリーの運びとなる歌詞を5ヶ国語対応の字幕で追えるようにしています。
こうした特徴から、「SAKURA」は近年急増している訪日観光客向けナイトエンタテインメントとして、様々な国籍の老若男女に大変な好評を頂きました。140年以上の歴史を誇る明治座と伝統芸能の匠たち、そしてアニメ制作、映像制作、イラストレーション、音声認識などの分野で最先端技術を持つ日本の若き才能たちが結集し、素晴らしいショーが完成したと自負しています。
しかしながら、「SAKURA」のようなショーがビジネスとして継続していくには、作品としてのクオリティだけではなく、日本、特に東京全体が抱える課題について考える必要があります。まず、東京とナイトエンタテインメントの雄であるラスベガスを比較してみましょう。
ラスベガスは観光客しかいない街です。限られた広さに膨大な数の観光客がいるので、そこにコンテンツを投げ込めば、自然と観光客が誘導されます。
しかし東京は広すぎて観光客を囲いこめません。舞台や劇場も分散されています。情報もまとまりがありません。「夜、もうひと遊びしたい」という観光客のモチベーションは確実にありますが、彼らが情報を積極的に探しに行く程にはナイトエンタテインメントの街としてのブランドが、東京にはまだ確立されていません。
また、ラスベガスは基本どのショーも開演時間が19時・21時半の2回となっています。公演時間は全て1時間半。食事との兼ね合いでいつどのショーを観に行くか計画を立てやすく、観光客が迷うことがありません。街全体でシステマチックに時間割が組まれているのです。
一方、東京では開演時間の設定からつまずきます。「SAKURA」は当初20時半に設定したところ、中国人団体客にその時間ではダメだと言われました。なぜなら日本では観光バスの運行ルールに厳しく、運転手の拘束時間が決められているため、朝8時にホテルを出たバスは21時までに戻らないといけないからです。観光バスが複数台駐車できるスペースも課題でした。
NYのブロードウェイはどうでしょう。観光客のみならず周辺地域の住民も観にきますし、歩いているだけでショーの情報は沢山入ります。無数にある劇場のチケットを一括して販売するWebサイトもあります。他にもロンドンのオペラ・ハウス、パリのムーラン・ルージュ界隈など、世界にはナイトエンタテインメントの市場を確立している街がある一方で、東京はこの市場が空白だと言われるのは、このようなインフラ面に課題を抱えていることが理由の一つです。実際、東京で立ち上げられたショーの多くはビジネスとして苦戦しています。「SAKURA」も、確かに訪日観光客をターゲットに創られていますが、日本人にも観に来て頂かないとビジネスとしては成り立ちにくいのも事実です。
もう一つ、ナイトエンタテインメントの特徴として、「いかに飽きさせないか」ということがあります。公演時間の短縮と展開の速さが重要です。
「SAKURA」は様々な国籍の、幼児からお年寄りまでの男女が観ます。家族もいれば、カップルもいる。学生もいればビジネスマンも主婦もいる。これはつまり、属性がほぼ無いのと同じことです。たった一つ、彼らに全て共通している属性は、観光した後なので「疲れている」「眠い」ということ。特に団体客には観たくて観ているわけではない人も含まれるので、彼らをどうやって飽きさせないようにするかは、ショーを創る上での重要なポイントです。
公演時間は90分間が限界でしょう。「SAKURA」は65分間まで短くしました。しかし短ければチケットの価格は下げなくてはいけません。観客が国へ帰って、「行って観てきても損ではないよ」と口コミを広げてくれるような値ごろ感でなくてはいけないのです。
構成にも工夫が必要です。世界的に人気の「シルク・ドゥ・ソレイユ」のショーは、ジャグリング、玉乗り、空中ブランコ、綱渡り、マット体操・組体操などその道のプロたちがテーマに沿ってそれぞれ5~10分のパフォーマンスを作り、次に全体で7~8組のパフォーマンスをストーリーに沿って編成し、演出を付けて観客に観やすく仕上げていきます。
「SAKURA」はこれと同じモデルです。一つのテーマの中に、ダンス、マジック、殺陣といった違うパンフォーマンスを6~7つ仕込んでいます。そして評判のよくないパーツは外したり、組み替えたりできます。実際、「SAKURA」は途中から構成を変更しましたが、公演開始当初に一度観たお客様が半年後に再び観て下さったとき、格段に良くなったと褒めて頂いたことがありました。
私はメリルリンチ証券でマネジメントを経験した後、集英社と小学館などが設立した米国の「ビズメディア」社長に転身し、「少年ジャンプ」の英語版の出版や、マンガ・アニメの海外展開を手掛けました。元々エンタテインメントが好きで、コンテンツに関わる仕事がしたいという想いがあったことがその仕事を引き受けた理由です。その後、2014年7月に日本公開のトム・クルーズ主演のハリウッド映画「オール・ユー・ニード・イズ・キル」のプロデュースなどを経験しました。
若い人たちのエンタテインメントに対する接し方はどんどん変化しています。テレビは撮り溜めしてCM抜きで見るのが当たり前になっています。舞台や演劇は、そのような新しい視聴習慣を持つ人たちに対して、従来と変わらないフォーマットの中でパフォーマンスを提供しています。伝統芸能はそれで良いかもしれませんが、ナイトエンタテインメントは一度そこから離れなくてはなりません。新しい時間帯に新しい観客を呼ぼうとするなら、今までのフォーマットは忘れないといけないのです。
昨今、東京では「SAKURA」のような訪日観光客向けのショーがいくつも立ち上がってきました。
「SAKURA」は2019年に第2章をスタートすべく企画をしています。2020年に向けて訪日観光客が益々増えていく中、日本が総力戦で彼らを受け入れる環境を整えるとともに、空白のナイトエンタテインメント市場を少しでも開拓していくことを願っています。「SAKURA」もその一翼を担っていけたら嬉しく思います。
SAKURA公式ホームページ: http://sakura-meijiza.com/
PROFILE
福原 秀己(Hidemi Fukuhara)
映画・舞台 プロデューサー
米系証券会社のマネジメントを経て、エンタテインメント業界に転身して渡米。日本のマンガ・アニメをローカライズ、北米とヨーロッパに展開。日本原作を持ち込みハリウッド映画プロデュースにも進出。代表作「オール・ユー・ニード・イズ・キル」。帰国後は舞台プロデュースも手掛け、明治座でインバウンド向けミュージカルショー「SAKURA」を公演。